安土桃山時代から江戸時代の城である 〔大阪市・豊臣秀吉・歴史〕

大坂城は、摂津国東成郡大坂にあった安土桃山時代から江戸時代の城である。

別称は金城あるいは錦城で、大坂が近代に大阪と表記するように改まったために、現在は大阪城と書くことも多い。

通称「太閤さんのお城」とも呼ばれているが、城跡に現存する櫓や石垣などは徳川氏、徳川幕府によるものである。

大坂城は、上町台地の北端に位置する。かつて、この地のすぐ北の台地下には淀川の本流が流れる天然の要害であり、またこの淀川を上ると京都に繋がる交通の要衝でもあった。

戦国末期から安土桃山時代初期には石山本願寺があったが、1580年に焼失した後、豊臣秀吉によって大坂城が築かれ、豊臣氏の居城および豊臣政権の本拠地となったが、大坂夏の陣で豊臣氏の滅亡とともに焼失した。

徳川政権は豊臣氏築造のものに高さ数メートルの盛り土をして縄張を改めさせ豊臣氏の影響力と記憶を払拭するかたちで再建したとされる。

幕府の近畿地方、および西日本支配の拠点となった。姫路城、熊本城と共に日本三名城の一つに数えられている。

現在は、昭和初期に復興された天守と櫓や門などが現存し、城跡は、国の特別史跡に指定されている。
update:2010年03月08日